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「みんなで作ろう!たばこ世相年表」エピソードコンテスト
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平成元年(1989)から平成10年(1998)
- 父は愛煙家なのですが、まだ分煙の文化が、今ほど広がっていない時から、絶対に家族の前では吸わなかったので、自分がタバコを吸える年齢になるまで、父がタバコを吸っている姿を、一度も見た事がありませんでした。タバコを吸う・吸わないは、大人になってから自分で判断する事なので、私も親を見習って、自分が親の世代になっても、子供たちの前では吸わないように気を付けています。
- 平成三年五月、父が他界した。50歳だった。 父は愛煙家で、チェリーと言う銘柄を好んでいた。可愛い名前だなぁと思いながら見ていた。 父の墓前には愛煙家の叔父や同僚の方がお線香の代わりにチェリーを少し吸って、残りを供えてくれていた。お墓参りに、いきたばこの吸い殻を見つけると、どなたか来てくださったんだなと感慨深くなった。 いつの間にか私も父の亡くなった年齢を超えた。そして、チェリーが廃盤となり生産されていない事を最近、久々に会った叔父と話をして知った。叔父は相変わらず愛煙家で元気だ。少し羨ましい。 赤いチェリー色のたばこの箱をいつも携えていた父の姿が偲ばれる。生きていたら何を選択したのだろうか?久々に墓前にたばこを供えてみたくなった。
- 今となっては信じられないだろうが、昔は飛行機でたばこが吸えたのだ。 正確に何年かは覚えてないが、1990年代後半頃まで段階的に禁煙になって行った。 飛行機の最後尾の方は国内線、海外線共にたばこが吸えた。 換気は結構行き届いていたので、前の方の席までたばこ臭いと言う事はなかったと思う。 当時、たばこを吸う人たちは先を競って飛行機後方部の座席を獲った。 僕も出来るだけ後方の席を取って特に海外線の中でたばこを楽しんだ。 飛行機の中での食後の珈琲と一服はたまらなかった。 あれから40年近く過ぎた。 世の中も大きく変わった。
- 90年代まで、スターが紫煙をくゆらせ、直接的にたばこを宣伝するCMが放送されかっこよかったです。 90年代後半には、CMは深夜になり、そして放送もされなくなりました。
- 昔乗ってた車はすべてサンルーフ付きの車を選んでました。サンルーフをチルトにすると煙草の煙が効果的に排出されてた。また窓のバイザーもつけてたから、雨の日に濡れずに換気出来てました。セダンタイプの車には各ドアに灰皿が付いてましたよ!
- たばこは吸わないけれどパッケージがお洒落でかっこ良くちょっとした収集家の私の自宅は博物館化し見学に訪れる人もいるほどです。葉巻から始まりキムタクがドラマで流行らせたハイライトはソフトBOX~Peace缶は超貴重で自慢の一品。入場料取ろうかなぁ!
- 付き合っていた彼にジッポのライタをプレゼントしたことがあります。時代は令和今使って人はいるのでしょうか?あのころがなつかしいです
- 大学の時に、気になっていたバイト先の人に、バイトを代わったてもらったお礼に、彼が吸っていたタバコをプレゼントしました。 私は吸わないので、買いに行くのも初めで、緊張しながら購入したのを覚えています。 それがきっかけで仲良くなり、お付き合いしました。 彼のタバコを吸う横顔にキュンとしたものです。 それから数年が経ち、彼氏から旦那さんになりました。 今でもやはりタバコを吸う横顔を見ると胸が熱くなります。
- 父のタバコの匂いが、今は懐かしい 子どもの頃、父が帰ってくると家の中にタバコの匂いが広がった。 当時は嫌だったけど、今はその匂いが“家族の記憶”として残っている。 令和の今、タバコの匂いはほとんど消えたけど、記憶の中ではずっと残っている。
- 子供の頃、遠足や旅行で使う、 観光バスには必ず灰皿が座席に付いていました。 子どもだから、使うわけでもないのに、物珍しさから、気になって、蓋を開けたり、いじってしまい、よく親や学校の先生に怒られました。
- ぼく「お嬢さんをボクにください!」 義父「キミはたばこを吸うのか?」 ぼく「お父さまがやめろっというなら、いますぐこの場でやめます!」 義父「やめちゃいかん!愛煙者が家族に欲しかったんだ!」 妻と結婚する時の煙草をめぐるエピソードでした。
- わたしが子供のころ、我が家には「たばこぼん」というものがありました。 ティッシュボックスほどの箱の上部の半分に灰皿がはめこまれており、もう半分がペン立てのような小物入れ、側面には小さな引き出しが付いていました。 ペン立てのようなところや引き出しには、煙草やライター、耳かき、爪切り、ボールペンなどが入れてありました。 今となって「たばこぼん」をネット検索してみると、「煙草盆」といって江戸時代風のものや、茶道に関係したものが出てきますが、我が家のそれはごくごく庶民的な小さなお道具箱でした。 日常で使うものがまとまっているので、たばこを吸う父だけでなく、家族みんなの身近なものでした。 父が「たばこぼん取って」と言う光景は幼少時代の日常で、食卓のテーブルからテレビの前のソファに座る父のもとへ運んだものです。 時代が流れ、いつのころからか父も煙草を吸わなくなりましたが、あれは実家の物置に眠っているのではないでしょうか。
- オンライン会議中、バーチャル喫煙所が欲しくなる。 リモートワークになってから、誰とも雑談しないまま一日が終わることが増えた。 以前は喫煙所でちょっとした会話があったのに。 今は、画面越しに「ちょっと一服しませんか?」と言える場が欲しい。 令和の働き方には、“雑談の場”としての喫煙所の代替が必要だと思う
- 普通電車のボックスシートに備え付けられていた、蓋のひっくり返るタイプのシルバーの箱型灰皿が懐かしいです。
- 実家に住んでいた時、離れの2階から降りてくるときに、昔よく応接間にあったガラスの大きい灰皿を持って降りてくるのを見て、母親が「命の次に大事そうに、たばこと灰皿を持っておりてくるなあ」と言われたのが、懐かしいです。若いときはヘビースモーカーで、大きい灰皿を常に横に置いていた思い出です。
- タバコは若い頃吸ってました。 あの頃は今のように喫煙所なんてなくて、どこでも気軽に吸え、吸わない方も寛容でしたねー。 それこそレストランでも、会社のデスクでも、駅のホームでもスパスパ。 タバコは一つの楽しみ、男の楽しみなんて時代でした。 食後の一服、最高でした。 またいつか吸ってみたいなぁ。
- 俳優の柴田恭兵さんが赤ラークを吸っている姿が格好良くて自分も赤ラークを吸い始めたのが20歳のとき(1990年)です。 1箱250円で1000円札1枚で4箱づつ買ってましたね。 48歳(2018年)で健康上と金銭的な理由でタバコをやめましたが1日2箱ずっと吸い続けてましたから外車くらい買える金額使ってたのかな~。 仕事柄ですが、コミュニケーションツールとして吸っていた部分が大きかったです。 タバコを吸いながら、時にはお酒を飲みながら上司、部下と親睦を深める。取引先の担当者と腹を割った話の中から商談をまとめる。 これはタバコをなしでは実現できなかったと思います。 いろいろな問題をクリアしたら、今度は電子タバコデビューしたいですね!!
平成11年(1999)から平成20年(2008)
- 平成10年頃はヘビースモーカーでした。 “ピースライト”を吸っていました。香りが好きで吸っていました。 あの頃は一箱500円しなかったので、自販機で購入していました。そのおつりで500円玉貯金をしました。1年目は一日1枚、2年目は一日2枚、3年目は一日3枚ためていきました。それだけタバコを吸ったのですね。3年で100万円になったので銀行へもっていったのですが重たかったです。銀行では機械で勘定するのですがその音がジャラジャラと銀行の店内じゅうに響いて恥ずかしい思いをしました。あれ以来小銭貯金はしておりません。
- 木村拓哉さん主演のドラマ『HERO』で、 一人で夜の街に立って静かにタバコをくゆらせるシーンが忘れられません。 忙しさの中でも自分を取り戻すようなその姿に、大人の余裕と品を感じました。 あの一服に今でも憧れて、自分に自惚れながら静かに吸っています。笑
- 職場でも段々と禁煙エリアが広がり、工場内で 喫煙箇所は裏の勝手口の外側だけになった そこはたまり場になったが、一番コミュニケーションが会社内でしっくりいく 朗らかな空気が漂う場所だった 今は全空間禁煙であの朗らかな場も時間もなくなってしまった~
- 2008年にtaspoカードが導入され、即手に入れ即使いました。 今でも覚えているのは、初めてtaspoカードを使った際、超機械オンチの私は予想以上にマゴマゴしてしまい、気が付いたら私の後ろに12~13人並ぶ行列ができていました。
- 平成初期、出版社で働いていた頃は、自分のデスクでタバコを吸うことができました。タバコとコーヒーが“大人の証”。まさに、多くの人がイメージする編集部そのものの光景でした。 当時、新人の仕事は朝の吸い殻回収。徹夜の仕事が続くと、タバコが切れてコンビニに行くのも面倒で、シケモクを吸った記憶もあります。年次が上がり部下ができると、部下の原稿をタバコを吸いながらチェックするのが日課に。まさに「仕事をしている感」がありました。 その後、分煙が進み、喫煙は階段の踊り場で行うように。普段あまり関わりのなかった他部署の人たちと自然に会話する機会にもなり、喫煙所はちょっとした交流の場にもなりました。
- 喫煙者仲間でタスポカードを我先にと急いで作ったことが懐かしい思い出です。
- 2000年台前半のお話です。 近所に工場の社員寮がありました 工場なので男の人ばかりです。 室内は禁煙。 夕方過ぎに仕事が終わって寮に帰って来た頃に寮の前を通ると、 真っ暗な中にみんなベランダに出てたばこを吸っています。 まるでたくさんの蛍が輝いているようでとても美しかったです。 目の前まで近づくと実際はおじさんたちがたばこを吸ってるだけなのですが、 少し離れた所から見るとおじさんの姿は見えず、小さなたばこの灯りだけが優しくゆらゆらと揺れています。 とても幻想的で本当の蛍を見ているようでした。 私は子供の手を引いて「蛍を見に行こう」と、わざとその時間にお散歩に行っていました。
- 成田空港の喫煙室で何度も会った海外の人。 シアトルについて一服してたら再開。 楽しいスモーキングタイムを過ごしました。
- 20歳の頃初めてタバコを吸い大人になった気分でいました。ただある時友人からお前ちゃんと吸ってる?と言われよく考えてみたら口の中に吸い込んだだけでちゃんと吸い込んでませんでした。 その後初めて吸い込んだら頭がくらくらになり気持ち悪くなりました。 初めてはこんな感じでした。
平成21年(2009)から平成30年(2018)
- 初めて町のたばこ屋さんでたばこを買ったとき、店主さんに自分の好みを伝えておすすめを選んでもらいました。今でもそのたばこは一番好きなたばこで飽きずにおいしく吸っています。なんとなくたばこをコンビニで選んでいるひとは、ぜひたばこ屋さんで買うことをお勧めします。
- あれは確か、私が社会人になって数年が経った頃でした。仕事の休憩中、いつものように自動販売機でたばこを買おうとすると、見慣れない機械に戸惑ったのを覚えています。「taspo(タスポ)カードがないと買えません」という表示を見て、時代の変化をひしひしと感じました。 当時、同僚や友人との間でもtaspoの話題で持ちきりでした。面倒だと感じる反面、未成年者の喫煙防止につながるという社会的な意義も理解しており、どこか新しい時代が始まったようなワクワクした気持ちになったのを覚えています。 喫煙ルールやマナーが変化していく中で、たばこを吸う場所を探すのが大変になったり、肩身が狭い思いをしたりすることもありましたが、このtaspoカードの導入は、喫煙者と非喫煙者、双方にとってより良い環境を作るための第一歩だったのだと、今では懐かしく思います。
- taspoカードが必須になった最初の頃、初めて自販機でカードをかざして買ったときのことをよく覚えています。これまで当たり前に買えていたたばこが、急に「大人の証明」が必要になり、不思議な気持ちでした。買ったあと、仲間内で「これでやっと一人前だな」と笑い合ったのが懐かしい思い出です。
- コンビニでタバコを買うと、物によっては、ライター等のオマケが付いてきました。 普通のライターとは違う特別感から、ついついコレクションしてしまいました。 今では、コスト削減かあまり見かけませんが、おまけ付きのタバコがコンビニのレジ前にたくさん並んでいたことを覚えています。
- もともと非喫煙者だったんですが祖父の形見のタバコを無くなるまで吸っていた時期がありました。今はまた吸わなくなったんですが、当時喫煙者の方と喫煙トークが出来たりして、あの経験はずっと非喫煙者だったなら出来なかったなと思うので祖父に感謝です。
- 社員旅行で千歳空港に到着。喫煙組でゆっくり一服に行き、電車一本遅くなってしまい、小樽観光の時間を短縮させてしまった。ご迷惑をかけた禁煙組の皆さん、今更ながらすみませんでした。
- 高校生の時のコンビニアルバイトで、お客さんが注文する時の セッターやマルメンなどの銘柄の略称が人によって違うので、 全部覚えるのに苦労していました。他のお客さんと間違え たりして怒鳴られたり、顔見てスッと出せるようになると 分かってるじゃん!と褒められたり。私自身は吸った事は ありませんが、時代の流れで廃番になる銘柄も増えると、少し 寂しそうな顔をする常連さん達に、切なさを感じたり…。 その職を離れた今も、タバコ棚を見ると 当時を思い出して懐かしくなります。
- タバコの自販機に顔認証機能がついていた頃、20歳になりたてで顔認証がなかなか通らず、必死に顔にシワを寄せて変顔になりながらも購入していました。笑 今思うとただの不審者だったなと思います。
- 昔タバコ屋にいた看板犬のゴールデンレトリバーを触らせてもらいにタバコ屋に何度か通ったことがあります。 タバコを私は吸わないのでお菓子や飲み物などをたくさん爆買いするしか無かったのですが、それでもタバコ屋のおばちゃんは喜んでくれてよく通ってました。
- ある某番組の特集で、エケコ人形のタバコを加えるのに、タバコの為に購入できないので、ストローに白いマスキングテープでぐるぐると巻きオリジナルのタバコを作り、家族皆に良い評価を頂けることができました。
- 勤務中、屋内禁煙。喫煙は、外の喫煙スペースで、朝・昼・夕方の就業時間外のみとなった。しかし、一度に吸う本数が増えたかな。
令和元年(2019)から令和7年(2025)
- 長年利用しているタバコ屋さん。代替わりして今は娘さんがやっているのですが、私も年を取ったと感じます
- 昔は居酒屋といったらどこでもタバコが吸えるので喫煙できるお店を探すなんて事はなかったのですが、2020年に改正されてからは殆どのお店で喫煙できなくなりました。なので地元の居酒屋に行く時は席で吸えるお店、喫煙ブースがあるお店、外に灰皿があるお店などほとんどのお店の喫煙状況が自然と頭にインプットされました。喫煙者の友人達と居酒屋を選んでる時にその情報を伝えると仕事が早いと喜ばれるのですが、ふと昔を思い出し少し懐かしくなります。
- 社会人2年目の頃、職場の先輩の真似をして、流行っていた加熱式タバコを買いました。 意気揚々と喫煙所へ向かい、見よう見まねでスティックをデバイスにセット。 そして、慣れた手つきを装ってポケットから取り出したのは…100円ライター。 何の迷いもなくスティックの先端に火をつけると、香ばしい香りではなく、紙がチリチリと焦げる情けない匂いが立ちこめました。 「それ、火いらないやつ!」 先輩たちの爆笑が響き渡る中、顔から火が出るほど恥ずかしかったあの日。それが僕の、最初で最後のタバコになりました笑
- 令和になってからは、喫煙所という限られた空間での会話が小さな交流の場になっています。 知らない人同士でも、ひと息つきながら言葉を交わす時間に少し人の温かさを感じます。 たばこはただの嗜好品ではなく、誰かとつながるきっかけでもあると気づかされました。
- 昭和生まれ昭和育ち、昭和に結婚し、子どもも生まれました。 休みの日には遊園地や買い物に出掛け、楽しんでいる妻と子どもから少し離れ、喫煙所で束の間の休息。 そこには家族サービスに励む父たちの少し疲れた顔、そして一服してまた気合を入れ出ていくあの表情。 今でも、喫煙所へ行けば同じように頑張るパパたちがたくさん。 ファイト!と心の中で思いつつ、今は孫の面倒を見る自分。 年は取っても、変わらない父親たちの場所。それがたばこであり、喫煙所だと感じます。
- 元号が令和に変わって喫煙できる場所が減り、妻に禁煙したらと言われ始めたころに出会った加熱式たばこ。煙やにおいが少ないからと会社でのプレゼンの如くに必死で説明して許しを得た。加熱式たばこは私にとっての救世主だった。
- 私と先輩はラーメンが大好きで、地方に遠征してまでおいしいラーメン屋をめぐっていました。ラーメン店巡りが終わったら、喫茶店でその日食べたラーメンの評論を行うのが恒例行事となっていましたが、先輩はタバコが大好きでその日のラーメンを思い出しながら、たばこを吸うのが至福の時だと言っていましたが、多くの喫茶店が禁煙となってしまい、おいしいラーメン屋を探すより、喫煙喫茶を探すのが難しくなりました。、
- ある日出張で、JR特急に乗り札幌駅に向かっていたときのことでした。 駅に着いたとたん、いきなり何人もの人が駆け足で前を急いでいました。 これはもしかしてと思い、後を追いかけました。 向かった先は、喫煙できる喫茶店でした。 自分で探そうにもさっぱり見当もつかずにいたので、心の中で「ありがとう」と感謝したものです。
- 五年前に父が亡くなった時、葬儀で故郷に帰った。葬儀も終わり、愛煙家だった父との思い出を振り返りながら、一人ぶらぶら歩く。ふいに強烈にタバコを吸いたくなり近くの食料品店でタバコを買った。吸った。あれからずっとタバコを吸っている。
- 初めて、PayPayでタバコを買った日!非常に緊張しました。PayPayにも慣れていなかったので!店員さんに教えてもらいながら操作して、買えた時は嬉しかったなあ。
- たばこが1箱、1000円になったらたばこやめるで?って聞かれましたが 自分はいくらになってもやめません、と言ったら タバコを吸わない同僚に笑われました
- 初めて、PayPayでタバコを買った日!非常に緊張しました。PayPayにも慣れていなかったので!店員さんに教えてもらいながら操作して、買えた時は嬉しかったなあ。
- 「加熱式と猫」 在宅勤務中、同僚がオンライン会議で「加熱式タバコだから匂いしないよ!」って言った瞬間、 うちの猫が画面越しに鼻をひくつかせてて笑いました。 便利になった時代だけど、猫の嗅覚はやっぱり時代を超えてるらしいです。 分煙も進んだし、次は“猫にも優しい空気”を目指してほしいな、なんて思います。
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