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たばこ屋さんインタビュー詳細 世田谷区・渋谷区・目黒区

リカーショップISHIBASHIYA

代表 白井 安久
住所 世田谷区上馬

 東京オリンピックの第二会場として建設された駒沢オリンピック公園のすぐ近く、上馬にある「リカーショップISHIBASHIYA」さんをご紹介いたします。創業は明治4年という歴史あるお店。三代目となる現在のご主人は昭和4年からお店を引き継いで以来、70年近くこの場所でお店を切り盛りしてこられた大ベテラン。今回はそんなご主人から懐かしい当時の様子などを伺ってきました。

お店を始められたのはいつごろですか?

とても94歳に見えない元気なご主人

 創業は明治3年です。昭和4年に先代が亡くなってからは私が引き継いでいます。私は三代目なんですが、昭和4年からもう70年近くやってますから私の代が長いんですよ。私は明治40年生まれなんで94歳になります。
70年前はこのあたりはどんな感じでしたか?

風格を感じさせるレンガつくりのお店

 当時はまだ玉電が走っていましたね。駅は店の前にありました。その頃は“駒澤登記所”と言う駅名でした。駒澤大学はまだ無くて当時は“曹洞宗大学”という名前でしたね。お寺のお坊さんが通う大学ですよ。
 玉電はもともとお客さんを乗せてるのは前の車両だけだったんすよ。後ろは貨物列車になっていて、それで渋谷まで砂利を運んでたんです。客車だけになったのはしばらく経ってからだと思いますよ。
 前の道(国道246)も舗装されていない砂利道で大山街道と呼ばれていました。大八車で荷物を引っ張る人がいたりしてね。東京オリンピックの頃に舗装されたと思うんですが、それでも高速道路はまだありませんでした。
馴染みのお客様も多いのでは?

タバコのカウンターに自販機が並ぶ

 多いですね。この辺りでは野沢や東が丘とかからも来られます。「チェリー置いといてくれ」なんて人もいますよ。こだわりがあるんですね。昔はバラで買う人が多かったですけど、今では10〜20個とまとめ買いする人が増えましたね。でも若い人向けは難しいです。最近は自動販売機も増えたし、コンビにやスーパーなんかでも売ってますからね。お客様に言われた銘柄が無いなんてことの無いように極力たくさん揃えるようにしています。
お酒も昔から扱ってたんですか?

ご主人ご自慢のワイン・セラー

 扱ってました。酒からタバコ、塩や米等全部やってましたよ。お酒は出来るだけ量販店が扱っていない地酒や珍しい銘柄を置くようにしています。「珍しいのありますね」と言われることも多いですよ。仕入れはなかなか難しいですけど。最近の若い方向けにワイン・セラーもあるんですよ。あんまり高いものよりも1,000円〜2,000円ぐらいが良く出ますね。
大変お元気そうですが、健康の秘訣は?

ガラス張りが美しいお店の前で

 声が大きいのは昔謡曲をやっていたからだと思います。秘訣って言うのは特に無くて、朝に青汁を飲むくらいで特別運動もしませんし。まあ、お酒を飲んだ時はカラオケをやって発散するようにはしています。カラオケは好きで新しい歌なんかも結構歌いますよ。やっぱり食べ物の好き嫌いも無く、その日その日を無事に楽しく過ごすということじゃないでしょうか。
お店の名前は「石橋屋」になっていますが?
 昔、品川用水と言うのが近くにあって、そこに大きな石の橋があったんです。そこから名づけました。今は大きな通りになって川も埋めちゃいましたけどね。
 当時、このあたりはほとんどが竹やぶか畑でした。家も少ないので見通しが良くて、遠くの景色もよく見えました。富士山なんかも見えましたよ、とてもきれいでした。皆変わってしまいましたね。ま、70年いろいろありましたよ。
 最近コンビニエンスストアをやらないかっていう話なんかもあるんです。でも断ってます。やっぱり私の所は昔ながらのタバコや酒を売る店ですから。

周辺案内

「玉電とは?」

 玉川電車、通称「玉電」は、明治40年(1907年)に玉川電気 鉄道として玉川〜渋谷間に開通したのが始まり。もともと都心の道路舗装等に必要となる砂利を、多摩川から渋谷に運び込むために、作られたもので、当初は客車の後ろに貨車を連結して砂利を積んでいたことから、別名「ジャリ電」とも呼ばれていた。

1969年5月10日 玉電最後の日の写真
ノーブルジョーカー 大山様のご好意にて転載しています


 その後は用賀方面から渋谷方面への地元の人々の足として親しまれ、第二次大戦や東京横浜電鉄の合併等をくぐりぬけながら活躍を続けた。
 現在は三軒茶屋〜下高井戸間の旧世田谷線(現在の世田谷線)を残すのみとなったが、平成三年には車両を一新し、新たた歴史への第1歩を踏み出した。


編集後記

 もともとは木造だったお店もその後の建て直しで今はしゃれたレンガ造りにワイン・セラーと、明治4年創業と言う歴史を感じさせない程洗練されていました。長く続けてこられるにはいろいろとご苦労もあったと思います。しかし声も大きくしっかりお話される元気なご主人の楽しい人柄はとても印象に残りました。当時は人々の足として活躍した玉電も今では世田谷線を残すのみとなりましたが、それでも新しい車両でしっかりと地域の生活に役立っています。石橋屋さんもこれから末永く活躍されることを願います。

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