代表 遠田裕禧
住所 〒121ー0051  足立区神明1-1-4
TEL 03ー3605-5306

 つくばエクスプレスの六町駅からのんびり歩いて15分ほどの内匠橋交差点に、遠目でも目立つ酒屋さんがありました。看板には「失われた味と酒蔵の真心をさがし求めた日本の清酒」と掲げてあります。こだわりある酒屋さんです。こちらで長くお酒とたばこを販売するご主人にお話を伺ってきました。

お店の創業はいつ頃でしょうか?

お話を伺ったご主人と奥様

 ご主人:明治10年で、私は四代目です。昔は、酒屋というよりも、行灯の油や、その他いろいろなものを売っていました。たばこもきっとその頃から売っていたんでしょうね。近くに役場があったので、今で言う仕出しのように、料理を役場へ運んだりしていました。その頃に使っていたお盆もまだありますよ。店の一階ではものを売ったり、お客に飲ませたり食べさせたりして、二階は賭場でした。

屋号に岡根屋と名付けたのは?

明治時代からのとっくりです。

 ご主人:昔は半次屋といったんですが、なぜ岡根屋になったかというと、初代の半次郎の女房がおかねさんという浅草のほうから来た女博打師だったんです。おかねさんが有名な人だったので、だんだん店も「おかね屋さん」と呼ばれるようになったんですね。昔は農家にとって人糞は重要な肥料でした。ここの土地は、それを江戸から船で運んできて、ここから陸送でいろいろな土地へ運ばれていったんです。ですから、このあたりは船頭さんが多く、船頭さん相手の賭場がたくさんあったんですよ。

ご主人がお店を継いだのはいつ頃でしょうか?

二代目からのお酒の販売証、立派です!

 ご主人:店を継いでもう50年にはなりますね。55年前に高校を出て江東区の酒屋に見習いの小僧に出て、そのあと店に戻って継ぎました。小僧時代はリヤカーに酒の甕を積んであちこち配達に出ましたよ。甕が重くてリヤカーでは坂を上ることもできない(笑)。橋のたもとにいるおばあちゃんに後ろを押してもらいながら上っていったことをよく覚えています。

商売をされている上で心がけていらっしゃることは?

ご主人選りすぐりの蔵元さんのお酒がいっぱいです。

 ご主人:私は50年間頑固一徹で商いをさせていただいております。例えば、有名な酒と旨い酒は別ですよね。CMでよくやっている第3のビール等は、欧米ではあり得ませんね。酒類を飲む人は、身体のために飲んでいるのではなく、酔うためだけに飲んでいる人が多いのですが、酒は般若湯ともいいまして、その国ならではのものがあるんですよ。ヨーロッパではワイン、中国では老酒、メキシコならテキーラ、その国の民族の身体のための滋養強壮なんです。日本人には日本酒と本格焼酎ですよ。日本酒は寒い時季にしこんで、何ヶ月も経たないとできないもの。いいものができるまでには、時間と手間がかかるんです。私は酒屋としての責任があるから、皆さんの身体によいものを知っていただきたいのです。

お店に並ぶ商品のひとつひとつにご主人のこだわりと信念があるのですね。

内匠橋交差点にあるお店です。

 ご主人:酒屋という職業意識があります。お酒もそうですが、たばこもお客様を病気にするために売っているわけではありません。酒もたばこも、好きな人が自覚を持って飲んだり吸ったりしていただきたいですね。我が国は資源のない国なのですから、ただ安い安いと次から次へと、新製品の販売量を競って種類を増やすだけではなく「継続は力なり」の心で、企業にもマスコミにも考えていただきたいと思っています。

 奥様:たばこもお酒も場をなごます嗜好品ですよね。私の母は、男性はたばこを一服しているときにいろいろなことを考えたり、一息入れるものだと言っていました。最近たばこがずいぶん悪く言われていますが、たばこを吸う人にとって一服は心地いいものでしょう。たばこを吸う、吸わないも外からの規制ではなく、個人で決めることでしょうね。

周辺案内

不動院

 天喜2(1054)年開基の真言宗豊山派の寺院。荒綾八十八カ所霊場85番札所。境内には、矢納弁財天があり、そのご神体は弘法大師の御作とされています。

足立区南花畑3-25-8
首都圏新都市鉄道つくばエクスプレス「六町」下車 徒歩15分

赤稲荷神社

 赤い社殿が遠くからでもよく目立ちます。祭神は宇迦之御魂命。宇迦之御魂命は穀物、食物の神。農耕の神としても信仰され、屋敷神としても多く祀られます。

足立区神明1-1-11
首都圏新都市鉄道つくばエクスプレス「六町」下車 徒歩15分

編集後記

 ご主人はご自分を「頑固一徹」と仰っていますが、こだわりと信念を曲げない職人気質のような清々しさを感じ、お話はとても楽しいものでした。お店に並んだ商品も、ひとつひとつご主人自ら選りすぐった逸品です。一緒にお話をしてくださった奥様は、自然や緑を保護、育てるボランティアで地域に貢献し、忙しく活動されているとのことです。昭和初期のお店や、周辺の様子がわかる貴重な写真を見せていただきながら、その土地ならではの楽しいお話をたくさん聞かせてくださいました。