代表 倉本 和彦
住所 〒124-0023  葛飾区東新小岩1-11-3
TEL 03-3696-0012

 JR総武快速線、中央・総武各駅停車線の停車する新小岩は、都心へのアクセスが良く、下町の雰囲気も残る暮らしやすさから人口が緩やかに伸びてきました。また、新小岩は人が乗降する駅とは別に、操車場として機能する新小岩信号場駅があります。昭和40年代頃の新小岩は国鉄の操車場、機関区、修理工場などが連なる大きな基地でした。そんな住宅もまだない頃からたばこ屋を営むご主人にお話を伺ってきました。

お店の創業はいつ頃でしょうか?

お話を伺ったご主人

 ご主人:親の代からなので正確な年度はわからないですが、昭和29年か30年頃だったと思います。聞いた話ですけど、商売をしていないと、たばこ販売の許可が下りないということで一年くらいお菓子屋をやって、それから許可をもらってたばこの販売を始めたということです。

昭和30年頃、このあたりは人通りが多かったのでしょうか?

たばこの窓口、CABINの旗が懐かしい。

 ご主人:いえ、当時このあたりは国鉄の機関区で機関車の修理工場などがあったんですよ。今は総合運動場になっていますけど、かつてはそこにデゴイチなんかもありました。うちより奥のほう(駅を背に北東)には住宅などはなくて、その工場へ行く人しか通らないような場所でしたよ。でも、それからどんどん住宅も増えてきて、一時は右肩上がりでしたね。

ご主人がお店を継がれたのはいつ頃ですか?

自動販売機も充実な新小岩のたばこ屋さん

 ご主人:私の名義になってからは、まだ11年ですね。それまで私はサラリーマンでしたから。父もサラリーマンで、店は母の名義でやっていたんですよ。私がサラリーマンのときは、家内が店を見ていました。お客様は常連さんが多いですね。一人住まいのお年寄りの方とよくお話したりします。「医者に止められてるけど、やっぱりたばこがないと寂しいから」とか言って、来て下さいますよ。

お休みの日のご趣味とかありましたらお聞かせ下さい。

綺麗な灰皿があると嬉しいですよね。

 ご主人:もう20年くらい前からJTカップ(ゴルフ日本シリーズ)の試合をよく見に行っています。昔はプレーもしていましたが、数年前に車の免許をお返ししたんですよ。アクセルとブレーキを間違えたりしたんじゃ、みっともないですからね(笑)。それと同時にゴルフもやめました。昔、たまたま江戸川葛飾組合の代表で東京都大会まで呼んでもらって、プレーさせてもらったことがあります。それはいい思い出ですね。

では、ご商売で気をつけていらっしゃることは?

お店窓口下のショーケース

 ご主人:賞味期限には気をつけています。一回の注文で在庫を多く取り過ぎないように。これまでは、携帯灰皿をお客様にお配りしていましたが、最近は屋外でも吸う場所がないから、携帯灰皿は要らないという人も増えてきました。うちも店の前に灰皿を置いていますが、そういう風に灰皿が設置されている場所でしか吸えないようになってきていますからね。灰皿の朝晩の掃除も大変ですが、たばこのポイ捨ても減って、昔より街も綺麗になりましたよね。

周辺案内

かつしかハープ橋

首都高速中央環状線四つ木IC~平井大橋IC間の橋で、夜にはライトアップされる。一面吊りS字型の斜張橋で、美しい姿は地元に人々から愛されています。橋の名称は、首都高初の愛称公募によって決定されました。

葛飾区東四つ木1~西新小岩3
京成線「四ツ木」下車徒歩20分

外谷汐入庭園

 昭和初期の庭園を改修して作られた庭園。もともとは実業家の邸宅でしたが、当主亡き後、遺族が葛飾区に寄贈。以後葛飾区によって改修、整備され、風情ある日本庭園として一般開放されました。

葛飾区西新小岩3−42−3
JR総武線「新小岩」下車徒歩20分

編集後記

 とてもにこやかにお話をして下さったご主人。80歳を過ぎているということですが、大変若々しくお元気です。お話を伺った場所は書斎のようなスペースになっており、机の上にはパソコンとオフィスソフト関連の書籍が並んでいました。たばこの注文や在庫管理もパソコンで行っているとのこと。「ボケ防止にね」と笑っていらっしゃいましたが、進取の気性に富んだ方とお見受けしました。また、写真にも撮らせていただきましたが、昭和32年のたばこの価格表(それ以降の年のものも何枚も)も綺麗にファイリングして保存してあり、丁寧な管理にもとても感服しました。