代表 唐川 和夫
住所 〒136-0072  江東区大島2-38-12
TEL 03-3637-7021

江東区西大島。周辺は住宅地となっていますが、江戸切子、縫製など、世界に誇れる匠の技を持った技術者、職人の町工場もあります。 また、西大島駅から西へ少し歩くと、広大な猿江恩賜公園があり、休日はのんびり公園で過ごす地元の家族連れの姿が多く見られます。そんな大島で長年お店を営み、東京東部組合理事長でもあるご主人にお話を伺ってきました。

お店の創業はいつ頃でしょうか?

お話を伺ったご主人

ご主人:商売自体は昭和37年に、私の兄が小柴さんという方の店を譲り受けて始めました。うちはもともと卸をやっていまして、お店を持っていた小柴さんの娘さんと私の兄が結婚し、店をやるようになったんです。

でも、義姉が病気で亡くなってしまい、兄も店をやめるというので、私が引き受けることになりました。

ご主人はそれまで外でお勤めされていたのですか?

お酒の陳列棚

ご主人:そうです。私は神田にある教科書販売の会社に勤めていました。いろいろな出版社の教科書を配達する会社です。でもそこは2年くらいで辞めて、兄から今の商売を継ぎました。

その頃は、学校の給食や大きな会社の社員食堂の食材を販売・配達していたんです。ですから、従業員が3人くらいいて、忙しかったですよ。

たばこを扱い始めたのはいつ頃でしょうか?

レジ前のたばこの陳列ケースです。

ご主人:昭和60年頃です。その前までは、うちの近くに酒とたばこを販売するお店がありましたが、バブルのときにお店をやめて土地を売ってしまったんです。

当時のたばこ組合の副会長さんが、うちの町内にいて懇意にしていたので「唐川さん、たばこやれば?」と言ってくれて、免許を取りました。でも、その副会長さんが脳梗塞で亡くなってしまったので、私が集金の手伝いなどをしているうちに、だんだんたばこ組合の仕事に足を入れるようになって(笑)。

今では東京東部組合理事長さんでいらっしゃいますね(笑)。今はお酒とたばこのお店なんですね。

お店の入口

ご主人:あとは、給食の食材の納品をしています。今は近くの保育園と会社に納めていて、息子が配達しています。私は病気を患ったので、店にはほとんど出ていませんが、毎朝10時頃来て、信号から店の前まで歩道を掃除するのが日課です。

だから、このへんの歩道にたばこの吸い殻やゴミは落ちていませんよ。その朝の掃除が終わったら、あとはうちの家内と従業員に店は任せています。

長い間ご商売をされていて、気をつけていらっしゃることは?

明治通り沿いの大島らかん通商店街です。

ご主人:世の中の流れに流されず、自分がいいと思ったことをすることでしょうか。以前は近隣にたくさんの個人商店があったんですよ。だけど、バブルで土地が高騰しているときにみんな店をやめて売ってしまいました。

私は商売をやれるところまでやってみよう、生きる道はこれしかないと思って、これまで続けてきました。やっぱり商売をやってる人は若いよね。私はがんを患いましたが、周りからは元気そうだと言われますよ(笑)。

この間もお酒は飲みませんが、宴会に呼ばれて行ったら「唐川さん仮病でしょ」って言われました(笑)。組合の仕事もあるし、人と話をして、のんびりやっていこうと思います。

周辺案内

大島緑道公園

江東区大島3〜4丁目
都営新宿線「西大島」より徒歩5分

旧都電軌道跡が整備された緑道公園。春には800メートルの桜のトンネルが現れ、毎年、南砂緑道とともに桜まつりが開催される、桜の名所でもある

大島愛宕神社

江東区大島2−15−4
都営新宿線「西大島」より徒歩5分

愛宕神社はもと本所中之郷の成就寺境内にまつられていたが、中之郷の村民の移住に伴い大島へ移転した。俳人・小林一茶は1803〜1808年にかけて、この愛宕神社に仮住まいしていたという。

編集後記

とても明るく、いろいろなお話をしてくださったご主人。現在、東京東部組合理事長さんでもありますが、ご病気をされる前は、らかん通商店街振興組合の会長を25年も務め、その間も江東区商店街連合会の理事長を10年務めていらっしゃいました。

長年ご商売を営み、商店街や組合の長を務め、いろいろな方と親交があるので話題も豊富で、本当にご病気をかかえているとは思えないほど、お若くお元気でいらっしゃいます。これからも、無理をせず、楽しみながらご商売を続けていってほしいと思います。