エピソードコンテスト入賞作品
「みんなで作ろう!たばこ世相年表」エピソードコンテストに、たくさんのご応募と投票をいただき、誠にありがとうございました。
時代は変わっても、ふとした瞬間の安らぎや思い出は色あせません。皆様からお寄せいただいた全49エピソードはすべて「たばこ世相年表」に掲載させていただきますので、反映まで今しばらくお待ち下さい。
本ページでは、その中から一般投票で特に多くの共感を集めた7つの入賞作品をご紹介します。
心温まるエピソードの数々を、ぜひご覧ください。
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1位
平成元年(1989)から平成10年(1998)のエピソード
今となっては信じられないだろうが、昔は飛行機でたばこが吸えたのだ。 正確に何年かは覚えてないが、1990年代後半頃まで段階的に禁煙になって行った。 飛行機の最後尾の方は国内線、海外線共にたばこが吸えた。 換気は結構行き届いていたので、前の方の席までたばこ臭いと言う事はなかったと思う。 当時、たばこを吸う人たちは先を競って飛行機後方部の座席を獲った。 僕も出来るだけ後方の席を取って特に海外線の中でたばこを楽しんだ。 飛行機の中での食後の珈琲と一服はたまらなかった。 あれから40年近く過ぎた。 世の中も大きく変わった。
ペンネーム:kawase(50代)
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2位
平成元年(1989)から平成10年(1998)のエピソード
父は愛煙家なのですが、まだ分煙の文化が、今ほど広がっていない時から、絶対に家族の前では吸わなかったので、自分がタバコを吸える年齢になるまで、父がタバコを吸っている姿を、一度も見た事がありませんでした。タバコを吸う・吸わないは、大人になってから自分で判断する事なので、私も親を見習って、自分が親の世代になっても、子供たちの前では吸わないように気を付けています。
ペンネーム:ぐらたん(40代)
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3位
平成元年(1989)から平成10年(1998)のエピソード
平成三年五月、父が他界した。50歳だった。 父は愛煙家で、チェリーと言う銘柄を好んでいた。可愛い名前だなぁと思いながら見ていた。 父の墓前には愛煙家の叔父や同僚の方がお線香の代わりにチェリーを少し吸って、残りを供えてくれていた。お墓参りに、いきたばこの吸い殻を見つけると、どなたか来てくださったんだなと感慨深くなった。 いつの間にか私も父の亡くなった年齢を超えた。そして、チェリーが廃盤となり生産されていない事を最近、久々に会った叔父と話をして知った。叔父は相変わらず愛煙家で元気だ。少し羨ましい。 赤いチェリー色のたばこの箱をいつも携えていた父の姿が偲ばれる。生きていたら何を選択したのだろうか?久々に墓前にたばこを供えてみたくなった。
ペンネーム:ふくみ(50代)
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4位
平成元年(1989)から平成10年(1998)のエピソード
父のタバコの匂いが、今は懐かしい 子どもの頃、父が帰ってくると家の中にタバコの匂いが広がった。 当時は嫌だったけど、今はその匂いが“家族の記憶”として残っている。 令和の今、タバコの匂いはほとんど消えたけど、記憶の中ではずっと残っている。
ペンネーム:(未設定)(40代)
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5位
平成元年(1989)から平成10年(1998)のエピソード
大学の時に、気になっていたバイト先の人に、バイトを代わったてもらったお礼に、彼が吸っていたタバコをプレゼントしました。 私は吸わないので、買いに行くのも初めで、緊張しながら購入したのを覚えています。 それがきっかけで仲良くなり、お付き合いしました。 彼のタバコを吸う横顔にキュンとしたものです。 それから数年が経ち、彼氏から旦那さんになりました。 今でもやはりタバコを吸う横顔を見ると胸が熱くなります。
ペンネーム:ピスケ(40代)
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6位
平成元年(1989)から平成10年(1998)のエピソード
付き合っていた彼にジッポのライタをプレゼントしたことがあります。時代は令和今使って人はいるのでしょうか?あのころがなつかしいです
ペンネーム:きりんさん(50代)
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7位
平成元年(1989)から平成10年(1998)のエピソード
ぼく「お嬢さんをボクにください!」 義父「キミはたばこを吸うのか?」 ぼく「お父さまがやめろっというなら、いますぐこの場でやめます!」 義父「やめちゃいかん!愛煙者が家族に欲しかったんだ!」 妻と結婚する時の煙草をめぐるエピソードでした。
ペンネーム:くらっちぱぱ(60代)

