代表 磯邉 隆
住所 大田区大森東2-3-7

京急線大森町〜平和島駅周辺は京浜運河・東京湾に近く、海に面した公園やスポーツ広場が充実した街です。

また、そばには旧東海道も通っており、所によっては江戸時代の情緒を残す景色にも出会えます。

そんな旧東海道(現・美原通り)から東隣にある、するがや通りにお店を構える堺屋商店のご主人にお話を伺ってきました。

お店の創業はいつ頃でしょうか。

とても明るい堺屋商店のご主人にお話を伺いました。

ご主人:お店は戦前からです。幕末の頃に私の先祖が漢方薬の商売を始めて、いつの頃からか、日用品雑貨を扱うようになり、戦前までやっていたと思います。

戦中のことは曖昧ですが、戦後にまた父が商売を始めて、たばこは比較的早い時期に扱っていたと思います。少なくとも私が物心ついた、昭和32〜33年頃にはたばこを販売していた記憶があります。

では、戦後、ご主人のお父様がたばこの商売を始めたんですね。

するがや通りにあるたばこ屋さんです。

ご主人:父は職業軍人でした。戦時中は25歳の父に多くの部下がいたんです。大尉って言っていましたから、お付きの者なんかもいて。そういう人間が戦争が終わったら、商売人として他人様に頭を下げていかなきゃいけないから、父としては心中相当厳しかったんじゃないですか。

たばこの商売を始めるときに、当時はまとまった現金が必要だったんです。父は親戚に頭を下げてお金を借りにいきました。中に親身になってくれた親戚がいて、まとまったお金を出してくれたので商売を始めることができました。ありがたいことです。

そうだったんですね。それでは、ご主人はいつ頃にお店を継いだのでしょうか。

壁面看板もかっこいいデザイン。

ご主人:私は小学生の頃からお店の手伝いをしていましたが、昭和50年の5月に父が亡くなりまして、それからですね。そのとき、私は大学3年生でしたから、卒業まで2年近く大学に通いながらお店を見ていました。学校から帰ってきてすぐにお店に立って、配達にも行って。母や妹たちにも手伝ってもらいながらです。

私は本当は商売はやりたくなかったんです。子供の頃から店を手伝わされましたし、日曜だろうが夏休みだろうが商売は関係ない。父は元軍人だから商売が上手いわけでもなくて、それほど豊かでもないし。もっといい仕事がしたいと思っていたんです。

でも、就職するか、店を継ぐか決めなきゃいけない頃、ちょうど店の金回りが良かったんです。そのときに勘違いしちゃったんですね、儲かるかもしれないって(笑)。それで店を続けることになるんですが、結局それは勘違いでしたね(笑)。

でも、ちょうどその頃、昭和50年代〜平成の頃はたばこは売れたんじゃないですか。

新しい自販機と災害時に頼りになる公衆電話。

ご主人:そうなんです。その頃はよく売れてたばこには本当にお世話になりました。今は昔の1日分の売上げを1カ月かけて売り上げているような状態ですが(笑)、それでも今、たばこ屋をたたむ気にはなれません。新しい自動販売機も入れました。

ありがたいことにカートンで買いに来るお客様も何人かいらっしゃいます。私はボランティアもたくさんしていて、そのために店を閉めることもあるので、常連さんは来る前に店が開いてるかまず電話をかけてきます(笑)。

今もお店の前の灰皿を使用する方々がいらっしゃいますよね。

ご近所の愛煙家の大切な憩いの場です。

ご主人:灰皿は2つ置いています。平日の12時過ぎると、近所の会社員の方々がお昼休みに喫煙しに来るんです。いっぺんに多くの人が吸いに来ると、煙の問題が出てきて、ご近所の方々にはとても気を遣っています。

でもうちが灰皿を撤去してしまったら、ここでしか吸えない人や息抜きをしに来ている人の行く場所がなくなってしまいます。私はこのあたりの喫煙環境を守りたいんですね。中には、平日の昼間に何度も来る方がいるんです。

そのうちに気づいたんですけど、その方は訪問介護のホームヘルパーさんなんですね。自転車でこのあたりを回っていて、一軒行った後、たばこで一服して、そしてまた気合いを入れて次の一軒に行くということをしていると思います。

そういう点で、灰皿を置いて喫煙者の喫煙環境を守ることも社会貢献だと感じています。ですが、たばこを吸わない方々への配慮や受動喫煙の問題もあるので、たばこ屋として、そこには真摯に対応していかなければならない責任もあると思っています。

周辺案内

德淨寺

浄土真宗本願寺派寺院。海松山と号します。厳正寺第十一世祐惠上人が寛永4年(1627)四ツ谷に創建。第三代教傳(厳正寺第十三世)が元禄年間(1688-1704)に当地へ移転し、徳浄寺の初世となったといいます。旧東海道沿いにあります。

大田区大森東1−16−22
京急本線「平和島」下車徒歩5分

美原通り(旧東海道)

大正7年(1918)の第一京浜国道建設の際、旧東海道が拡張されました。しかし美原通りは商店街だったためにこれを避けられ、今でも旧東海道の面影を強く残しています。昔ながらの商店や食堂もあり、店構えに風情があります。

大田区大森本町2−1〜大森東1−4付近
京急本線「平和島」下車徒歩5分


編集後記

最後にご主人が仰っていた「喫煙者の喫煙環境を守りたい」という決意に心を打たれました。ご近所の愛煙家たちにとっては、とても心強いことでしょう。

また、ご主人は多くのボランティアをしており、民生委員、保護司、小学校の見守り隊、大田区青少年対策大森西地区委員ほか、いくつもの活動で地域に多大な貢献をされています。

とても明るくてお話好きなご主人。こちらも楽しく取材させていただきました。毎日お忙しくされていますが、いつまでも健康でご商売とボランティア活動を続けていってほしいです。