1989- 平成
たばこ1つとってもその国の文化がみえてきます

「いっぷくの思い出」優秀賞受賞
【1992/平成4年】
数年前のことだ。当時私は就職先に迷っていた。試験には合格したものの、どうも気が進まなかった。就職先が第一希望ではなく、第二希望だったのもその理由だったが、一番は「自分がその就職先できちんと勤務できるか」という不安だった。 ある日上野公園に出かけた。まだ桜の開花には早い時期で、人の影も少なかった。一人で就職先について考えるつもりだった。ベンチに座り、ぼおっと不忍池を眺めていると、横からすうっとたばこが出た。振り向けば見ず知らずのおじさんが立っていた。「どうかしたのか、ぼうず」 見ず知らずの人に心を開くなど普段の私ならありえなかったろう。だが当時の私はだれか頼る人がほしかった。そのままたばこをうけとり、火をつけられ、いっぷくした。「どうだ。悩みがあるんだったら、おれに話さないか。話すと気分がらくになるからな」 それから二時間、いっぷくしながら彼に愚痴を聞いてもらった。就職の不安、先行きの不安、人生の不安を。聞き終わったとき、彼は言った。「大丈夫。ぼうずなら絶対やっていける。ぼうずは先生にむいてる。初対面だけど、おれにはわかる。絶対に子どもの支えになれる教師だ」 あの言葉に励まされ、現在の自分がいる。いまもいっぷくするたび、あの言葉を思い出し、励まされる。
[30代/男性/岐阜県]
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